機関誌『全船協(No.96)』を読んで              
                                     (元広島商船高専校長) 阿土 拓司

 本誌第91号で、 阿土先生は商船高専の商船学科に内航大型船向けのコース設置を提案しておられますが、 今回の本協会が決定した、 コースタル乗船研修制度について暖かいご意見をいただきました。
                                           (編集委員会)

 一般の会員読者が機関紙を読む場合の心理は、 総会の予算の執行状況や年次の事業計画などは、 素読して、 新聞記事の抜粋や、 投稿記事を注視するのが普通のように思われる。
 ところが、 この度の 「全船協」 は違っていた、 目を引き付ける記事が掲載されていて、 私の心を捕へ幾度か読み返した。 それは 「コースタル部門乗船研修制度」 と言う項目である。
 かねてから私の持論でもあって、 ようやく此処まで来たかと言う気持ちと、 途中多くの難題を克服して決断された全船協の会長を初め、 役員の方々の苦労に対し深甚の敬意を表したい。
 思えば近年内航海運は、 コースタルに近代化した巨大船を配し、 亦環境面からのモーダルシフトに応えて CO2 瓦斯の発生の少ない RORO 船の配船が急速に進められた。
 船の近代化巨大化は当然に、 高度の技術教育に加え、 語学力を有する乗組員を必要とするに到った。 ところが商船高専の商船学科卒業生を採用するには、 免状 (4級免許に3級免許所有者を配乗する) の他に、 即戦力となり得ないと言う実務上の不合理があって、 実現には障害が多すぎた。
 他方商船高専の立場は、 本年4月から独立行政法人化に移行し、 学校の運営次第によっては将来存亡の危機すら思わせる、 所謂市場原理の作用する状況となってきた。 その上卒業生の就職状況は逐次悪化の一途を辿っている。
 4級免状の職場に3級免状保有の外航要員を推薦する事の心苦しさ等、 複雑な心境にある。
 全船協にあっては、 この度本部事務所の自己所有が認められ、 また固定資産の運用による財産処置が可能となる等、 定款を改正して体勢を整えることが可能となった。
 これら三者が、 日本人職員の減少と海技の伝承と言う高度の立場から、 有無相通じての高度の判断の結果によるものと思われる。
  「全船協」 を通読して思うに、 各校長と懇談して理解を求め、 また商船学科の担当教官とも懇談して、 この制度の真意を説明され意見の交換がなされている。
 その記事を読んでの私自身の感想は、 正直申して悲観的である。
 会話に熱気を感じない、 受動的で能動的発言が少ない等がその理由である。
 私は、 この制度は、 単に就職状況の改善や、 緊急避難的立場で捕らえるべきではないとの考えに立っている。
 わが国が海洋国家として平和に発展してゆくためには、 海運こそ最重要なライフラインである。
 その海運界に海技が消滅せんとしている。 一般常識として就職求人状況は、 景気の好不況に左右されると思われている、 ところが海運界のみが異変で、 近来稀に見る好況で、 株主配当も順調であるとされているのに、 ひとり商船学科の卒業生のみ、 逐年採用は減少している。
 これは、 船機長をキーマンとする外国人船員の雇用が増加する一方、 日本籍船が極度に減少していることなどによるもので事態は深刻である。
 今や2000総トン以上の船が1870隻の中、 日本籍船は僅かに103隻で、 1770隻は外国用船である。 船員は57,000人 (1974年) が4,000人 (2003年) にまで減少しているのが実情である。
 外国人船員のほとんどはフィリピン人とされている。
 わが国を取り巻く極東海面は、 一見平穏に見えるが、 イラク戦争、 中国・北朝鮮問題、 マラッカ海峡でのテロ対策と言い、 何時有事化せんとも図り難い。
 その時、 ライフラインたる海上輸送は完遂できるであろうか。
 外国人船員にも母国を護り、 家族を護る義務と責任がある。 特にフィリピンは先般イラクで拉致されたフィリピン人との引き換えに、 米比同盟に反して、 イラクから軍人を引き上げたと言う実例がある。
 出稼ぎが国家政策の一翼とし、 それによって家族や国家を維持しているとは言え、 有事の場合に於いて、 このような外交政策を採り得る国柄であることも、 念頭に置く必要があろう。
 コースタル部門の巨大船の運航は、 外航船のそれに比して決して劣るものではなく、 運航技術の面に於いては、 狭隘な水道の通過や、 出入港の頻度からして、 むしろ練達の人と謂うべきで, 海技を磨くには最適の職場と言えよう。
 今こそ大事なことは、 商船学科の先生自身がこの制度を緊急避難的な感覚で捕らえるのでなく、 わが国の安全保障の面からも、 また海技伝承と言う崇高な理念の許に、 学生を教育指導されるべきであるように思われてならない。
 要は、 この制度を実施するのは、 学生たる卒業生であり、 その学生を崇高な理念の許に就職させるのは、 直接指導にあたる教官である、 信念と熱気をもって指導されるよう切に願うものである。

 追伸
 巻末近くに 「海運基本法、 二年後制定を目指す」 と言う記事が目に入った。
 わが国に農業・水産・食料・農村など26もの基本法があるのに、 海洋国家と称しながら海運基本法が無い、 目下全日本海員組合が主唱して、 その実現に努力中とあるが、 この基本法制定によって、 統一的に政策が施行されることを強く望むもので、 これも私の持論の一つとしているだけに、 速やかな制定を願って止まない。
                                                         (完)