シャーロット・ド・ロスチャイルド「ソプラノ・コンサート」
                    


                             山本 徳行
                             
在北九州スウエーデン名誉領事                                             全船協理事・関門支部長
                                  広島商船高専校友会会長
 

 縁あって英国の大富豪ロスチャイルド6世の長女で、 国際的に有名なソプラノ歌手シャーロット・ド・ロスチャイルドさんのコンサートを平成22年11月2日博多の福岡銀行大ホールで開催した。 人との縁とは不思議なもので私は英国の大富豪とは全く縁もゆかりもなかったが、 2001年英国で行われた歌の祭典 「ジャパン2001」 に遠征した 「稲門クラブ」 の団長加藤氏が私の知人であったのが今回の縁に繋がった。 「稲門クラブ」 は早稲田大学グリークラブ OB で結成され、 毎年世界各地へ演奏旅行に出かけている。 彼は英国での演奏旅行中、 シャーロットさんが 「稲門クラブ」 に同行し賛助出演してくれたことから親しくなり、 そのお礼として彼女が来日した際お世話をするようになったようだ。 彼は 「稲門クラブ」 の幹部であり私が顧問として所属している 「日本・ラトビア音楽協会」 の専務理事で音楽界にあっては国際的に活躍している逸材で、 その功績が認められ、 私と同様に2008年ラトビア外務大臣から感謝状が授与された関係で特に親しくなった。
 シャーロットさんの久し振りの来日を機に、 未知の九州での公演の要望があるので、 是非実現させたいと加籐氏から連絡があったのは昨年の4月、 私は遣唐使船の運航で多忙を極めていた時だった。 来日の予定は11月で、 私が10数年来、 毎年暮に行っているチャリティ・コンサートの時期であり、 彼女の生い立ちに興味があった私は躊躇することなく彼女の九州での初の公演会を引き受けた。
 ご存知のように、 ロスチャイルド家は日本との関わりも深く、 明治維新のときに維新軍に武器を提供したのも関連会社のジャーデン・マセソン商会やグラバー商会で、 これは、 テレビで有名になった坂本龍馬の海援隊を通じて行なわれた。 又、 その後も日本は日清・日露戦争で活躍した戦艦や武器もロスチャイルド資本のヴィッカース社などから購入、 日露戦争で活躍した戦艦三笠もヴィッカース社から購入したものだ。 日露戦争は、 当時の大国、 ロシアに勝てるはずのない戦いだったが、 その戦費の大半75%をロスチャイルド一族が融資してくれて日本は勝利することが出来たと言われている。 加えて、 新橋〜横浜間の鉄道開通、 関東大震災の復興資金の提供や第二次世界大戦後の復興のための融資など、 明治以降の日本の繁栄はロスチャイルドなしには不可能だったと言っても過言ではない。
 ロスチャイルド家は音楽とも極めて深い関わりがあり、 特にヨハン・シュトラウスとも親交があり、 又、 メンデルスゾーン、 ショパン、 リスト、 ロッシーニ、 フランクなどのパトロンでもあった。
 「ショパンは祖母のピアノの先生であった」 とシャーロットさんが今回のコンサートで披露した時、 会場はため息に包まれた。
 シャーロットさんはロスチャイルド家の直系6世の長女で、 一族のロンドン郊外のシャーロットの名前が付けられた広大な石楠花園、 エクスベリーガーデンに咲き乱れる花々の中で育ち、 ザルツブルク音楽院、 英国王立音楽大学、 同大学院を修了し、 世界各地で音楽活動を行っている。
 特にヨーロッパにおけるオラトリオのスペシャリストとして知られ, 幅広いレパートリーに定評がある。  
 彼女は1990年頃から日本を訪問し親日家としても有名で、 十数年に及ぶ日本での定期的な公演成功を機に、 日本語で歌った 「日本歌曲集−日本の旅路」 の CD を発売、 日本人以上に日本人の心を細やかな情感と感性で歌う歌手として高く評価されている。    
 前述の2001年、 英国で開催された一年間に亘るイベント 「ジャパン2001」 の期間中、 英国各地で日本の歌曲の美しさを披露し、 フィナーレにはロンドンのパーピカンセンターにおいて、 イギリス室内管弦楽団をバックに山田耕筰の歌を華麗に歌い上げた。 同年、 NHK テレビでは 「ロスチャイルドの情熱」 と題して90分のドキュメンタリー番組が放映された。
 福岡の親しい知人に依頼して、 6月中旬九州公演が決まったことを連絡した直後、 英国のシャーロットさんから私の手元に分厚い本と紅茶が届いた。 表題は 「The Rothschild Garden」 で広大な庭園をカラーで撮影した写真集で、 彼女の自筆サイン入りの素晴らしい本だった。 綺麗な石楠花が咲き誇るエクスベリーガーデンもカラー写真で掲載され、 彼女の生い立ちを想像することが出来た。 紅茶は自家製で素適な香りのする逸品であった。  早速、 彼女の優しい人柄を想像し日本での対面を楽しみにしていると礼状を送った。
 いよいよ11月2日福岡空港での初対面である。 目の前に現れたシャーロットさんは気品はあるが、 とても気さくなオバサンといった感じで気取ったところがなく、 好印象の淑女であった。 ホテルで寛ぎリハーサルの為、 会場の福銀大ホールに向かう間、 共演のピアニスト風呂本佳苗さんを交え打ち合わせを行ったが、 想像していた通り、 彼女は勉強中の日本語を交えながらの会話も、 優しい笑顔を絶やさず大和撫子のような素適な淑女であった。
 福銀大ホールは音響効果も良く彼女もお気に入りで、 マイクを通さず後部座席まで歌声が届くか綿密なリハーサルを終え本番を迎えた。 695席の大ホールのため入場者数を心配していたが、 18時の開場前からホール入り口に観衆が群れを成し、 開演前には略満席となり一先ず安堵した。 ボランティアで行うチャリティ・コンサートは収益金が難問で、 しばしばチャリティボックスを設けて募金を呼びかけることがあるが今回は全くその心配もなく、 私は心置きなくコンサートを楽しむことが出来た。  
 加えて、 第一部のイギリスの歌曲はシャーロットさんの日本語での解説を交えながらの気品ある洗練された歌唱法で、 ヨーロッパの文化と伝統に支えられた究極の優雅な歌声を伝えてくれた。 観衆の満足そうな笑顔と拍手が本人にも伝わり、 大ホールは素晴らしい雰囲気に包まれた。
 第二部の日本の歌曲は圧巻だった。 中村八大の 「遠くへ行きたい」 の曲が彼女の鼻歌で始まり、 素晴らしい日本語でのソプラノの歌声は大観衆を魅了した。 2曲目の山田耕筰の 「赤とんぼ」 から高木東六の 「水色のワルツ」 と続いたが、 日本人以上に日本人の心を、 細やかな情感と感性で歌うシャーロットさんの歌声は観衆の心に染み渡った。 続いて、 「松島音頭」 の歌声を聞いた観衆は思わず手拍子で感動を表し、 歌手と観衆が一体となったコンサートになった。 日本の名曲滝廉太郎の 「花」、 最後に山田耕筰の 「あわて床屋」 までの全14曲を、 正確で心の籠った日本語の青空のような清んだ歌声が会場の隅々まで響き渡り、 観衆は大喝采でソプラノの歌声に応えた。
 アンコールは更に圧巻だった。 アンコール曲を歌い終えても観衆は立ち去らずスタンディングオペレーションが鳴り止まないので、 異例のアンコールでシャーロットさんは戸惑いながらも追加の曲を唄い最後までソプラノの素晴らしい歌声を披露して、 「夢の架け橋:ソプラノ・コンサート」 は盛会裏に終演した。
 伴奏のピアニスト風呂本佳苗さんはシャーロットさんに請われて共演している。 現在ロンドンと東京に在住、 日本とイギリスの両国を拠点とし、 更にヨーロッパ各地、 中国やタイにおいて演奏活動を行っている。  
 彼女は優雅な伴奏を心掛けてシャーロットさんの美しい歌声を盛り立て、 二人の息のあった互譲互助の素適なピアノの演奏家であった。 今回の公演にあたり、 何度かメールや電話で事前打ち合わせを行ったが、 彼女の優しい文面と声に接し淑やかさを感じていたが、 想像通りの素晴らしいピアニストであった。
 帰路に着く観衆をホール玄関で見送ったが、 皆さんの満足そうな笑顔と賞賛の声をお聞きしコンサートの成功を実感すると共にシャーロットさんと風呂本さんに心から感謝した。 今回のコンサートを主催し、 ボランティアでご協力いただいた福岡博多東ライオンズクラブの皆様や、 後援の在福岡ネパール名誉領事館をはじめ関係団体に深く感謝申し上げる。
 お陰様で、 収益金約70万円をチャリティとしてインドネシアのマングローブ植樹とネパール・コーヒー開発の奉仕団体に寄贈し、 目的を達成できて大変嬉しく思う。 今年も暮の年中行事 「チャリティ・コンサート」 を盛会裏に終えることが出来て満足すると共に私にとっては喜寿の年の一大イベントで素適な思い出となり至福の極みである。