海王丸の訪問交流で思うこと

                            鹿児島大学水産学部同窓会 魚水会会長 伊牟田 重夫

 昭和2年3月9日、 鹿児島商船水産学校練習船霧島丸が銚子犬吠崎沖にて暴風雨に巻き込まれて遭難し、 「霧島丸遭難碑」 が昭和4年5月建立されました。


      説明文碑 平成21年6月建立

 そして平成21年6月、 鹿児島商船学校同窓会と、 商船学校跡地に誕生した鹿児島大学水産学部の同窓会魚水会は、 「遭難の碑」 の精神を後世に伝えるべく 「説明文碑」 を建立し、 これを見聞する人達が、 「国力の増強は海運の発展に基づく、 而して海運の発展は優秀なる海員の充実に待つ」 ことと、 海洋・海運科学の重要性に思いを深められるよう祈願しています。
 この碑に、 平成23年2月7日鹿児島港に寄港中の航海訓練所練習船海王丸の甲斐繁利船長・三好直巳機関長・巣籠大司次席一等航海士が献花され、 その後水産学部長室での懇談と記者会見、 魚水会有志の海王丸訪問見学などが行なわれました。
 この有意義な訪問交流が続くことを期待しています。
 懇談の中で、 海洋での船内教育の素晴らしさについても意見交換がなされました。
 これに関連して、 私もかつて九州青年の船、 それは 「九州はひとつ」 の理念の下に九州八県の青年団体リーダーを九州青年の船に乗船させ、 寝食をともにしながらの集団研修活動を行うことにより九州青年としての一体感を養わせるとともに、 国際交流を行うことにより国際性を身につけさせ、 将来の九州をになう青年を養成するため九州八県の共同事業として実施していたものに、 鹿児島県青少年婦人課長時代に指導職員として乗船したが、 ここでの船内研修の一端を紹介してみたいと思います。
 昭和58年8月29日、 本年度担当県の熊本県三角港で九州青年の船出航式後、 九州八県の青年等400人を乗せた新さくら丸 (1万6千トン) は、 長崎海峡、 甑島沖を南下後一路950粁先の上海に針路をとり航海を続ける。 夕方、 スポーツデッキで船長の歓迎パーティ、 東海に沈む夕陽を見ながら各県、 各班毎にこれから2週間の研修に向けて乾杯が続く。
 8月30日、 中国語会話、 テーマ別研修等、 船内研修が続く。 15時東海の紺碧の海の色が揚子江の黄土を含んだ海水の色に変っていく。 夕方大きな橙色の太陽がはるか中国大陸に沈んでいく光景は、 実に素晴らしいものであった。
 8月31日、 5時30分起床、 デッキに出ると、 揚子江を往来する多数の船舶、 両岸の川もやの中の緑の木々の先の鉄鋼、 造船工業地帯、 いよいよ中国に来たとの実感がする。
 9月3日、 6時30分起床のしらせとともに、 揚子江より131粁の地点にあり、 大陸沿岸より70粁の沖合を黄海へ向け航行中との放送があり、 窓の外を見ると、 海の色も黄土を含んだ海水の色から、 薄紺碧の色となる。 船内研修の日で種々な研修が続く。 特に鶴田熊本商大講師の 「時間はしぼり出すもの、 しぼり出して読書しなさい」 との話は、 日程に追われる毎日だけに実感ひとしお、 又、 「人間は生死の境の中でも心の糧が必要で、 学徒出陣の時、 はいのうに忍ばせた若きヴェルテルの悩み一冊が学徒兵達で殆どボロボロになるまで回し読みされた」 実例をあげ、 いかに心の糧が必要かに感銘を覚える。
 昼、 デッキランチ。 東海の涼風に吹かれ、 海を眺めながら、 鰻丼、 ハンバーガー、 カレーライス、 汁粉等が並べられ、 全種平らげた豪の者もいて、 船旅の楽しさを味わう。
 9月4日 (日)、 船は、 黄海より渤海海域を通って天津へ向け航行中で、 本日も研修や講話が続く。 弓場船長の人生の浮き沈みを海を通して、 時化でぐったりなり、 船も人間ももう駄目かと絶望感にたたきつけられそうになった後には必ず静かな海がくることを自分の身体で悟ったという話や、 極限状況での母の愛の話等、 印象深い講話が続く。
 9月9日、 渤海を航行、 低気圧前線に入りうねりが強くなり、 船のゆれが激しくなる。 午後九船祭、 荒天のためホールへ移り賑やかに楽しく開催される。 夕方から低気圧とともに仲良く航行となり船酔い続出する。
 時化こそ海の厳しさと耐えることを体験する絶好の機会であるとともに、 船酔いした者への看病等友情が深まる機会でもあることを今回身を持って感じた。
 9月10日、 船は低気圧と離れて黄海を航行、 午前中鹿児島県責任者の服部副団長講話 「自分は陸士に学んだので遠洋航海については本で読んだことだが、 親善使節として又技能訓練として非常に有意義だが、 船は長く航海するとカキがついてくる。 人間にとっても同じで、 生き方についてカキを落としカラを破って考えるべきだ」 と、 時期的にも研修をいかに活かすか示唆したいい講話であった。
 午後提出レポートの作成に団員大童、 特に昨日の時化の影響で、 提出の遅れがでる。
 9月11日、 船は天草諸島を横に見ながら三角港へ向け航行、 7時30分県別に整列し、 解団式の後下船準備のためスポーツデッキへ集合、 再び参観活動を共にしてきた一バス二コ班毎肩を組み別れを惜しむ。 そして船は三角港へ近づき、 九船船出の歌を最後に合唱し、 来年度出航壮行会への OB 会での再会を約し、 下船して行った。